悪魔の辞典/アンブローズ・ビアス/角川文庫
この本の警句を読めば、読者は思わずニンマリするに違いない。ポーの再来といわれ、芥川龍之介の「侏儒の言葉」にも大きな影響を与えた短編の名手ビアスが、"インク代わりにニガヨモギの汁を使用した"といわれた文章で、現代文明と人間性を、鋭い風刺と痛烈な皮肉で描く現代人必読の書。ジェラルド・カーシュ「壜の中の手記」がビアス失踪の謎をとりあげた一篇で、そういえばビアスって聞いたことあるなーと思ったらこの「悪魔の辞典」でだった。「悪魔の辞典」は長いこと「悪魔の詩」と混同して覚えてて非常に物騒なイメージだったのだが、読んでみれば何のことは無い、ビアスの怨嗟がうねうねと文字の体を成している毒舌辞典だった。アフォリズムとしての使い勝手でいったらラ・ロシュフコーの「運と気まぐれに支配される人たち」のほうが良い。翻訳の問題もあるかもしれないけど。
【知り合い】
お金を借りるくらいの面識はあっても、お金を貸すほどはよく知らない人のこと。相手が貧乏で無名であれば、「一面識しかない」といわれ、裕福でしかも有名人だったりすると、「懇意な」と呼ばれる友人関係の度合い。
みたいな感じで、冷笑的なこの御時世ではかえって普通のことを言っているように見えてしまうのが残念。言葉の選びからしても全体的にキリスト教の潔癖な倫理観に対する挑戦らしく、ピンとこないものが意外に多かった。
【訴訟】
あなたが豚の形で入ってゆくと、ソーセージの形で出てくるはめになる機械の一種。
↑たまにこういうスマッシュヒットがあったりするけど。
例によって翻訳が若干古く、その上お堅い調子なのでなんか損した気分。解説を読むと、モームの翻訳をやっている西川正身先生が手掛けた抄訳があるとかで、そっちを読みたかったなと思った。あと、なにやら筒井康隆が訳したやつもある。これは早まったな、もっと調べてから買えばよかったわ。
メンタル・フィメール/大原まり子/ハヤカワJA文庫
一千億台のテレビジョンに覆いつくされた東京。この都市を支配する巨大コンピューターは、擬似映像で北シベリア低地の要塞都市コンピューターと愛しあう。そのさまは一千億のテレビのディスプレイの上に映し出され、壁、天井、街頭、店など都市空間のすべてを使って人々を包みこんでいた…。奔放なイメージで電子都市・東京を描き、日本サイバーパンク小説の先駆けともいえる「メンタル・フィメール」を収録する作品集。「BOOK」データベースより
「時を待つひと」
「少女」
「時の花束」
「女性型精神構造保持者〈メンタル・フィメール〉」
「イド島のラフレシアたち」
「風の森の声」
「黄金の小麦の国で」
「壊れてゆく…」
「ハイブリッド・チャイルド」の一読忘れがたいエモーショナルな文章、鮮烈繊細なビジョンが再度味わえる短篇集。別にそこまで大好きってわけじゃないけど、自分の嗜好平野における未踏の部分を開拓されている感じはする。世界はロジックだけがすべてじゃないのよ坊や、みたいな。あるいは"Don't think. Feel!"みたいな。
「時を待つひと」はジブリのアニメっぽいマジカルな一編。収録作の中では一番わかりよく、導入に最適。
「時の花束」は「きみがぼくを見つけた日」や「ここがウィネトカなら、きみはジュディ」の系譜。フェミニンなタイムリープ。
表題作は何が何やらわからなかったんだけど、解説(とても親切)でバウンドして戻ってきたらなるほどと思った。東京都女性的憂愁(女性的)なのね。
「イド島のラフレシアたち」と「黄金の小麦の国で」は「ハイブリッド・チャイルド」の世界観を少しずつ継承しているような感じだった。あるいは原型? なのかもしれない。
「壊れてゆく…」ネットワークに棲みつく意識と意識に侵入するESPの感覚が混ざりあう麻薬的一篇。「パプリカ」や「バレエ・メカニック」を数珠つなぎに思い出す。
という感じで、大原まり子作品はビジョンが鮮烈であるためか、大なり小なりモチーフの共通する他作品を磁石みたいにガンガン引き寄せていく。作品自体は手放しで面白い! ってほどではないんだけど、やはり忘れがたい。
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フランクを始末するには/アントニー・マン/創元推理文庫
フランク・ヒューイットは芸能界の大スター。殺し屋の“わたし”は彼の殺害を依頼され……。二転三転するスター暗殺劇の意外な顛末を描いた英国推理作家協会短篇賞受賞作のほか、刑事の相棒に赤ん坊が採用され一緒に捜査を行う「マイロとおれ」、買いものリストだけで成り立つ異色作、ミステリ出版界の裏事情を語る一篇など多彩な12作。奇想とユーモアあふれる傑作短篇集です。(裏表紙より)
「マイロとおれ」Milo and I
「緑」Green
「エディプス・コンプレックスの変種」The Oedipus Variation
「豚」Pigs
「買いもの」Shopping
「エスター・ゴードン・フラムリンガム」Esther Gordon Framlingham
「万事順調(いまのところは)」Things Are All Right, Now
「フランクを始末するには」Taking Care of Frank
「契約」The Deal
「ビリーとカッターとキャデラック」Billy, Cutter and the Cadillac
「プレストンの戦法」Preston's Move
「凶弾に倒れて」Gunned Down
担当編集者の「ジャック・リッチーみたいな作品集を出したい」という言葉に釣られて買ったから「全然違うだろ!」とムカつくのであって、そういう前提をないことにすればまあ楽しめないこともない短篇集。ジャック・リッチーのちゃきちゃきっとしたプロットや力まないユーモアや万人受けする娯楽性などはこの本には一切無いけど、積極的にけなしたくなるほどつまらないわけではない。
雑草ファッショに牧歌的テロで対抗する「緑」と、ものごとの倫理について3秒くらい考えさせられる「豚」と、収録作の中ではたぶん唯一まともな感覚の人が出てくる「契約」がわりと気に入った。「契約」は最初ぼーっと読んでいたら色々見落としていて「娘を殺した父親が死体の発見を恐れて家の売却を頑なに拒む話」だと思った。この短篇集全体の流れから言ったらそれが自然だったから、つい。いかれた人しか出てこないんだもの。
だいたいどの話にも笑顔でネイルハンマーを振っているような不気味さが溢れていて、それをとぼけたユーモアと捉えるか直球で怖いと感じるかは人次第だと思う。私はこういう路線にあんまり興味ない。
解説の野崎六助は全力で「この本はつまらない、なぜ俺が解説を書かなきゃならんのだ」と叫んでいるようでなんか微笑ましい。この人最近嫌いじゃなくなってきたわ。
愛逢い月/篠田節子/集英社文庫
甘く切ない恋の至福のときは短くて、頂点を極めたあとには、ただ、執着と妄想に満ちた永い時間が続くだけ…。かつての恋人と共に、死者の世界を永遠にさまよう甘美な地獄を幻想的な筆致で描く「38階の黄泉の国」。出ていった男を待ち暮らす寂しい女の危うい心理を追う「ピジョン・ブラッド」など、恋と、恋の残滓の中にひそむ、恐怖とサスペンスとミステリーを描く愛の終わりの物語全6編。「BOOK」データベースより
タイトルは文庫版あとがきから孫引きすると「七夕の牽牛・織女が互いに愛して会うという月。陰暦七月の異称」ということらしい。作者本人も「苦肉の策」と言っている通り、短篇集のイメージを的確に表しているとはあんまり言えない。唯川恵の「病む月」みたいなやつかな? と思って読んだら全然違ってびっくりした。「月」しか合ってないのにイメージを勝手に重ねる方もダメだけど。
「秋草」
美術に造詣の深い作者らしい蘊蓄が冴える……だけで終わってしまうよくわからない話。
「38階の黄泉の国」
シチュエーションこそ大雪の旅館とは異なるものの、「『ずっとこのまま一緒にいたいわ』と言いあいつつ、いざ閉鎖空間に閉じ込められたらゴリラの糞投げの如く憎悪をぶつけあう不倫の男女」パターンだった。突飛だけど面白くは無い。
「コンセプション」
ターミナルケアのきれい事では済まない部分の描写にあまりにも熱が入っていて、本筋よりもグロテスクな細部が印象に残る話。
「柔らかい手」
「ミザリー」風のサスペンスとしてはそこそこ面白いけど、根本的な動機というか、女性の心情についてむちゃくちゃ違和感がある。
「ピジョン・ブラッド」
鳩の糞を掃除しなかったおかげでベランダの排水口が詰まって階下に水漏れしたから男に振られた女性が鳩の眼みたいに狂っていく話。ラストが西部警察の爆発オチみたいで笑った。
「内助」
他の作品とは毛色がまったく違う上にクオリティも三周差ぐらいつけて圧倒的。容姿端麗成績優秀東大ストレート、でも司法試験でつまずいて10年間足踏み中の男と、男がいずれ弁護士になって稼いでくるだろうから自分はとにかく腰かけの仕事、でも10年腰かけってどうなの、という女が展開するどっちが悪いでSHOW。妻の視点から描かれるので夫は始終不利だが、状況は二転三転で容易にジャッジさせない。というかジャッジするようなもんではないんだよ、という話。
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未来いそっぷ/星新一/新潮文庫
『アリとキリギリス』『ウサギとカメ』など、誰でもごぞんじの寓話の世界。語りつがれてきた寓話も、星新一の手にかかると、ビックリ驚く大革命。時代が変れば話も変るとはいえ、古典的な物語をこんなふうに改作してしまっていいものかどうか、ちょっぴり気になりますが―。表題作など、愉しい笑いと痛烈な風刺で別世界へご案内するショート・ショート33編。「BOOK」データベースより
最初に「いそっぷ村の繁栄」と題してイソップ物語のパロディをやっている。これが意外と面白くない……というか、イソップ物語にかこつけて風刺している時代性がもうけっこう古いのでピンと来ない。少なくとも未来的じゃない。作品が時代の流れで古びないように気を遣っていた星新一にしては珍しい。
「頭の大きなロボット」個人生体認証の精度をあまりに上げると、本人の体調などによる微細な変化を他人だと判断して受け付けなくなる、という話を聞いたことがある。予言的な一編。
「無罪の薬」「少年と両親」はここ数年に読んだSF作品に似たようなモチーフを何度か見かけた。えぐい、えげつないネタだけど、アイデンティティテーマと換言したら重厚感すら漂う。とりあえずショートショートの一篇としてさりげなく書き流す星新一は凄い。
価値とはいったい何なのか考え出したら止まらない「価値検査機」と、メタフィクションかパラフィクションか悩み出したら止まらない「不在の日」が騙し絵っぽくて好き。
Tag : 新潮文庫
鍵のかかった部屋/貴志祐介/角川文庫
元・空き巣狙いの会田は、甥が練炭自殺をしたらしい瞬間に偶然居合わせる。ドアにはサムターン錠がかかったうえ目張りまでされ、完全な密室状態。だが防犯コンサルタント(本職は泥棒!?)の榎本と弁護士の純子は、これは計画的な殺人ではないかと疑う(「鍵のかかった部屋」)。ほか、欠陥住宅の密室、舞台本番中の密室など、驚天動地の密室トリック4連発。あなたはこの密室を解き明かせるか!? 防犯探偵・榎本シリーズ、第3弾。「BOOK」データベースより
単行本が2011年7月リリースだったのに、ドラマ化の恩恵を過剰なくらいに受けてあっという間に文庫化。いくら文庫派といってもここまで早いとさすがにたじろぐ。角川は良くも悪くもこういうフットワークの軽さで勝負してるからな。講談社なんて3年ルールを鬱陶しいくらい固守するし、ノベルス経由で5〜6年なんてのもよくある話。出版社全体的には、文庫化まである程度(まあ3年)スパンをとるべきという慣例が崩れてきている感じだけど。
で、榎本シリーズって密室専門ではあるけれど、本書のタイトルはど真ん中ストレートで一体何なの? と思っていたら、これってポール・オースターの作品から採っているのか。なんか渋いな。
「佇む男」
これに限らずこのシリーズに出てくる密室は殆どそうなんだけど、犯人が「被害者の状態がいかに不審であろうと、作り上げた密室に他者が入れたことを証明できなければ自殺となる」と確信していることのシュールさがじわじわくる。警察ってそんなに単純じゃないと思う……。それくらい被害者の状態がおかしすぎる。トリックも奇天烈。
「鍵のかかった部屋」
法月綸太郎の短篇(たぶん「ゼウスの息子たち」)に、冗談みたいにマニアックな知識を要求する難攻不落の暗号を使ったやつがあって、ハナから読者に解かせるつもりが無く、「トリックとその華麗な解法のプレゼンテーションを御楽しみ下さい」って感じがこれと似ているなーと思った。凄いと同時にどうでもいい。
「歪んだ箱」
これに限らずこのシリーズに(略)、犯人の密室作成にかける情熱がもうギャグにしか見えない。だって被害者が密室を作る義理は1ピコグラムも存在しないのに。
「密室劇場」
登場人物の名前が、わかる人にはわかるあるプロスポーツ選手にちなんだものだそうだが、だからなんだっていうの。なんかもうつまらなさすぎて読むのがつらい。もしかしたら見逃しているかもしれない面白さを理解するための努力は指一本分でもしたくない。それくらいつらい。
帯の折り返しに「角川ホラー文庫より新刊『スズメバチ』今秋刊行予定」とあったのが、この本の中で一番楽しかった。榎本シリーズいまいち乗りきれんわ。
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